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毎年1月中旬に1週間ほど開催されるドイツ最大規模の国際食、農業、園芸の見本市、Gruene Woche (緑の週間)にドイツ研修生たちといってきました。
イベントの一環として、FNL(持続可能な農業推進協会)が、見本市の訪問者に 「なぜ今ドイツには強い農業が必要なのか」という質問に対して、大まかに「食糧確保のため」、「持続可能なエネルギー普及のため、」「地域活性化のため」、「環境保全のため」と4つの答とその理由を、ホームページに載せると言う企画があり、研修生たちにも答えてみないかと声がかかりました。
インタビューの結果がこちらです。時間の都合上1人のみですがなかなか堂々とした受け答えですよね。
インタビュー他にも色々見ごたえのあるプログラムがありました。また後日追ってお知らせします。
詳細が知りたい方はぜひぜひクリックお願いいたします。
さて、11月下旬になるのですけど、デンマーク研修生の秋季会合がありました。久しぶりに会った二人のデンマーク研修生は元気にしていました。
デンマーク語もかなり上手に喋っていました。
上の写真はデンマークユトランド半島南部のGramという町のお城の前で二人を取ったもの。11月も下旬となると朝の冷え込みが結構あって二人ともポケットから手が出ていません!
さて、秋季会合では研修生たちの要望に応じて農業視察をします。
今回は、ヨーロッパ最大の食肉加工業社Danish Crownを訪問しました。昨年の研修生も喜んで視察に行った場所です。
会社入り口の豚君の置物前でパチリッ!
この工場では豚を搬入して豚肉として出荷するまでを担っています。
見学通路に沿って両端500mもある工場を見学します。中央玄関が建物中央部分にあたり、ここには巨大な貯蔵庫があります。
入り口を正面に左端のジョイントから豚が搬入されて屠畜されます。
★屠畜の手順と方法
・まず10頭一まとめで通路を進ませて、その先に控えているエレベーターへ追い込みます。
・このエレベータは地下に二酸化炭素が充満しており、そこを通る間に豚を気絶(麻酔)させます。
・エレベータの反対側が開き、ベルトコンベヤーで血抜きをするセクターへ運ばれます。
分かりづらいですが、左のコンベヤーで運ばれて来た豚の足にチェーンを通し、吊り上げてから喉の部分にストロー状のナイフを突き刺します。血はバキュームし別のタンクへ送られます。
・血が抜かれた豚は水で洗浄されて毛をバーナーで焼かれ、その後ツルツルにブラシで磨かれます。
・次に内臓をそれぞれ取り出し(一部行程は手作業だが常に流れ作業)頭部が落とされます。
・背骨の位置で真っ二つに切断し冷蔵庫に保管されます。ここまでの行程で左端から約250m進んできます。
なお、センサーなどによって豚のサイズに合わせてカットする場所を調節するなど、完全機械化された加工システムにはうなるばかりです。
・そして冷蔵庫から出される(熟成された)豚は、さらにそれぞれの肉の部位(もも、バラ、ひれなど)に切り分けられ、白いボックスに積み込まれ、ベルトコンベヤーで目的の場所(搬送用トラックの)待つ倉庫へと運ばれます。
写真はベルトコンベヤーで運ばれる解体された豚肉
豚肉はそれぞれどの豚から取れたものかトレーサビリティーできるようなっています。
屠体には予め特別なインクでアイデンティティー番号が打ち込まれているので、それを解体していく段階で細やかに管理され最後までどの豚の肉なのかわかります。
凄いですね。
Danish Crownでは一日に約16000もの豚を屠畜しています。凄まじい処理能力です。
豚肉はデンマーク国内のみならず全世界に送られていきます。日本も大事なお得意様。何でも日本からの総輸入額より、デンマークの総輸出額の方がかなり大きいのだとか。
アンフェア?ですね・・・。
さて、今日はちょっと長いのでこの辺で。 (A.K.)
最近更新が少なくて申し訳ありません。
応援のクリック感謝いたします。
現役研修生たちがSchiersの家政学校でパン作りにいそしんでいたころ、日本では去年のスイス組達が全員集合していました。一人が先日めでたく結婚し、その披露宴に全員招待されたようです。北は山形から南は沖縄まで。再会場所は岩手です。良くぞ一人も欠けずに集まったり、という感じでしょうか。それぞれ就農したり、実家を継いだり、農業とは違う分野に就職したり・・・と進んでいる道はさまざまですが、どの子の表情も生き生きとしています。「今」が充実しているんですね。
参加者のうち一人が写真を送ってくれました。1年近くぶりに見る笑顔。最前列で紋付袴,満面の笑顔を浮かべているのが新郎です。礼服のせいかなんだかみんな、少しずつ大人びたような・・・。
同じくスイス組、3月の写真です。誰が誰でしょう・・。すぐ分かりますよね?
舞い戻って11月。晴れ着もいいけれどもやっぱりこっちのほうが元気いっぱいですね。
OB、OGになって、1年、2年・・・何十年たっても異国で1年ともに暮らした、という経験が仲間を結びつけるのでしょうね。自分は研修に参加していませんので、この感覚は味わえませんが、苦しいとき、辛いときに力になってくれた仲間、答えがほしいときに一緒に考えてくれた仲間、嬉しいときに一緒に喜んでくれた仲間・・・。隣にはいなくても、いつでも同じ地で、同じように悩んでいる、手を差し伸べてくれる仲間がいる。それだけで、心強いことだと思います。現役研修生の皆さん、研修も終盤に差し掛かっていますが、大事な仲間と悔いのない研修生活を送ってください。
他の国のOB,OGのみなさん、私たちも集まってるよーというお知らせなどあれば、よければ写真つきで支部までご一報ください。お待ちしています。
揺るがない絆で結ばれたOB,OG,研修生たちに暖かい拍手を。(M.I.)
そして、アグトレ通信をご覧のあなたも異国の地で一生ものの仲間を見つけてみませんか?
先週までは男性研修生と女性研修生が一緒になって授業を受けていました。今週は明日まで女性研修生たちが滞在しています。
スイスのお菓子Ofen kükeli(シュークリーム)を作っているところ
パンやスイス料理を教わったり、クリスマスのリース飾りを作ってみたり、チーズ農家を訪問したりと盛りだくさんのカリキュラムとなっています。
ほーら、見てみて!
パンは伸ばすのではなくこねるのではないかな!?
ソーセージ、ハム、ひき肉...豚肉の解体だブー!!
新しい料理や楽しい先生との会話を楽しむ研修生たち。中には真剣に料理のメモをとる研修生もおり、将来に活かしたいという熱意が伝わってきます。
さて、スイス東部のグラウビュンデン州にはスイスの中でも数少ないレトロマンシュ語を話す地域があります。
レトロマンシュ語というのはラテン語派生の言語で、スイスの公用語のひとつです。わずか5万人程度しか話さない言語ですが、スイスではちゃんとした公用語の地位を与えられています。
研修生たちは土曜日にスイスの最東端の谷にあるScuolという村を訪れました。ここにもレトロマンシュ語を話す人々が暮らしています。
電車を下りて耳に飛び込んでくるのは聞きなれない言葉でした。
道行く人々は、
「Allegra(アレーグラ)=こんにちは」
と挨拶します。
Scuolは古くから保養地として知られ、立派なホテルやクアハウス(温泉施設)があります。
かつてはガソリン車の乗り入れが禁止されていた地域だったそうです。何でもグランビュンデン州に入る州境でロールスロイスのエンジンを切り、そこから先は水牛にロールスロイスを引っ張らせたとか!
冗談みたいな世界の話しに研修生一同目を丸くしました。
Scuolの旧市街を臨む
Scuolでは乗馬クラブを視察しました。正確にはこの村から徒歩で40分ほど山道を登ったところにあるホースファームで、晴天の空と雪化粧の凛々しい山が見下ろすのどかな森の中でした。
乗馬クラブのご主人は元々肉牛農家をされていたらしく、ひょんなことから馬を飼い始め、それがやがてこの家族の中心的な仕事へと遷移していったそうです。山間部の農家は副収入を得るために色々工夫するのですが、ここではそれが乗馬だったという事です。
乗馬体験だけではなく、宿泊したり隣接するレストランで美味しい料理を食べたりできるそうです。主なお客さんはスイスとドイツから来るという事ですが、以前一度だけに日本人も来た事があるとおっしゃっていました。
人懐っこい馬がご挨拶 「Bun di!!=これもレトロマンシュ語でこんにちは」
山陰に日が沈んで急に冷え込んでくるころ、農場のご主人がレストランへ招きいれてくれて、そこでホットワインをご馳走になりました。
甘く温かい赤い飲み物に舌鼓を打ち、ポッカポッカになって帰路につきました。
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Schiersの家政学校のフォトギャラリーへリンクしています。歴代の研修生たちの写真は、下のリンクからご覧いただけます。(A.K.)
- Japanische Praktikantinnen 2003
- Japanische Praktikantinnen 2005
- Japanische Praktikantinnen 2006
- Japanische Praktikantinnen 2007
農業研修生事業を応援してください。
11月3日に今年秋の叙勲がありましたが、旭日双光章を叙勲されたオランダ人のフランシスカス フェールさんは本会の事業に多大な貢献をさせた方です。
先ほど二日遅れとはなりましたが電話で祝意をお伝えしたところ大変喜んでくださいました。
オランダ大使館ホームページに於けるフェール氏の叙勲情報
旭日双光章は英語でThe Order of the Rising Sun, Gold and Silver Rays というとってもかっこいい名前です。フェールさんの功績は、「日本人の農業研修生の支援と日蘭農業者交流に寄与」というもので、まさに草の根活動の賜物です。私達は彼に感謝してもし足りないほどの支援を受けてきました。
中央座っている男性がフェールさん
フェールさんは現地に来た研修生たちの面倒な書類手続きを手伝ったり、語学を教えたり、色々な現地の情報を教えてくれたりしました。
農業研修生たちに宿を提供し、彼らの悩みや問題とも幾度と無く付き合い親身になって話をしてくれました。それらの事をボランティアで行ってくれていたのです。
フェール夫妻の精神的・文化的そして愛情あるサポートは、日本とまったく違う環境におかれた日本人農業研修生たちの心を励まし、また本会事務局や現地パートナー組織がサポートしきれない細やかな部分を見事にカバーしてきました。
御年84歳という年齢もあり、近年研修事業への協力を無理にお願いする事もできませんが、今でもフェールさんを慕ってオランダを訪れる農業研修OB/OGも多くあります。それが本当に嬉しいとフェールさんがお話してくださったことがあります。
私どもの事業はたくさんのサポーターの献身的で見返りを期待しない奉仕の精神に支えられて現在まで続いてきています。そのことを事業実施者の一員として誇りとし、また深い感謝を抱いています。(A.K.)
そして皆さんの奉仕的なクリックにも多大な感謝を致しております。